気持ちを割り切る時に使える言葉「諸行無常」

「諸行無常」という言葉を、心を落ち着けるためによく使っています。

 

その意味は、すべてのものは変化していく、という意味です。

諸行・・・ すべてのもの。
無常・・・ 続かない。常はない。変化する。

 

有名な「平家物語」の冒頭文で、私がこの言葉に出会ったのは中学一年生の国語の授業でした。

 

その時は、そんな言葉があるのか~ぐらいの思いでしたが、大人になった今なかなか使えると思っています。

変化することにモヤモヤしている時に使える

例えば、変化してしまって悲しいものがあります。

 

居心地の良い人間関係が終わってしまったとか、好きな場所がなくなってしまったとか。

 

そういう場合に、「悲しいけれど全ては変化していくんだ。ずっと同じことなんてないんだしま。すべては諸行無常。」という感じで、使えます。

 

変化してしまったものに対して悲しみがぬぐえない時に、落としどころとしてこの言葉を使っています。

変化しないことにモヤモヤしている時にも使える

変化しなくてもどかしい時もあります。

 

このクラスにいるの辛い、職場の雰囲気が嫌で仕方ない、など。

 

そんな時、「今はこのような状況だけど全ては変化していくもの。いつまでもこれが続くわけではない。すべては諸行無常。」

 

という感じで、使っています。

 

踏ん張る力がほしい時に、力になってくれます!

「自分自身も諸行無常である」と考えています。

自分自身も諸行無常であると考えています。

 

これは特に、自分を責めてしまいがちな時に、使っています。

 

どうして自分はこうなんだろう、自分のこと好きになれない、自分ってダメだ、こんな自分では誰も好きになってくれない、自分はいなくてもいい存在なんだ、など、思ってしまうことがあるんです。

 

そんな時、「自分自身も諸行無常だから!」と考えてみるんです。

 

今はこんな自分だけどずっとこうなわけではない、今はできないけどずっとできないわけではない、と思い直しています。

 

つい周りと比較して、自分の出来ないところに目が行ってしまうこともありますが、自分自身もまた変化していく存在。

 

ずっとこのままの自分ではないのです!

 

努力を続ければ、出来るようになるかもしれないし、出来ないままでも私は私だからって自分を認められるように変わっていくかもしれない。

 

今の自分や状況をそんなに悲観しなくてもいいんだ、と思うと少し気がラクになります。

10代の頃は、今この時がずっと続くと思っていた。

10代の頃は、生きてきた時間以上の長い時間軸でものごとをとらえるのが苦手でした。

 

長い期間をかけて変化していくことを、実感しにくかったです。

 

30代になって、時代、社会、考え方など、変わらないと思っていたものが変わっていく様子を目の当たりにしました。

 

このことから、自分が生きてきた時間よりも長いスパンで変わっていくものがあると実感するようになり、諸行無常の意味をかみしめるようになりました。

 

さらに、長いスパンで物事を捉えられるようになると、動じない心が多少出てきました。

 

長い人類の歴史の中の、ほんの一部の時代を私は生きているんだな、という感じの思いです。

いいものも、悪いものも、ずっとは続かない。

生きる時間が長くなればなるほど、周りで起きる変化をたくさん感じます。

 

変わらないように見えて、変わっているものもあります。

 

変化による心の揺れを少しでもおさえて、リラックスして生きていける時間が増えるようにと、日々鍛錬しています。

 

周りでなく、過去の自分と比べて判断しよう、ゆっくり進んでいこうと自分に言い聞かせて。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

おすすめの記事