主体的に生きると意識することで、自分で選択していいんだと気付いた。

生きていると、もやもやイライラすることがあります。

思い通りにいかない

今の状況に満足できない

どうしてこうなったんだろう

こんな時に

〇〇〇がわるいせいだ

×××がいけないからだ

と思う時がある。

 

仕方ないことだと私は思います。

 

だけどずっとこのままでいたいわけではない。

 

できればいい方向へと変わっていきたい。

 

そう思う時もあります。

 

そんな時、前に進むヒントになるワードがあります。

 

それは主体的です。

 

主体的に選んだ

主体的に生きている

主体的の意識があると、道筋が見えてくることがありました。

 

生きる上で忘れずにいたい言葉です。




主体的を意識したのは「7つの習慣」を読んだ時

主体的をはじめて意識したのは「7つの習慣」という本を読んだ時でした。


楽天ブックス 完訳7つの習慣 人格主義の回復 [ スティーヴン・R.コヴィー ]

 

この中のエピソードの1つがひっかかったのです。

ある大学生が著者に言います。

生徒:「授業を休んでもかまいませんか?テニスの合宿があるので。」

著者:「行かなければならないのか、それとも行くことを選ぶのか、どちらだね?」

生徒:「実は行かなくちゃいけないんです。」

著者:「行かないとどうなるんだい?」

(著者がほかにいろいろ質問を投げかける)

著者「授業に出なかった時の結果と、他の結果を比べて、選択しなさい。

何かをしなければならない、などという言い方はしないでほしい。」

 

え?この言い方ダメなの?と

 

最初は分からなかったのです。

 

行かなくちゃいけないという言葉は自分も使いますから、このエピソードの一部始終が気になりました。

 

 

さてエピソードに話を戻します。

 

授業に出なかった時の結果と、他の結果を比べる・・・

 

授業に出なかった時の結果は学ぶ機会を失うこと。

 

テニスの合宿に行かなかった時の結果はチームから外されること。

 

生徒はテニスの合宿に行くことにします。

 

そうなると、行かなくちゃいけないという言葉はあてはまりません。

生徒「では、テニスの合宿に行くことを選びます。」

と伝えたのでした。

 

なるほど・・・

 

行かなくちゃいけない、ではなく、そこに行くことを自分で決めた、ということなのですね。

 

自分の意志で決めた。

 

これが大事なのだと思います。

 

これをきっかけに、

これは自分で選んだものなのか?

問いかけることを意識しています。

自分で選択して主体的になるメリット

納得して行動できる

自分で選択すると、納得して行動できます。

 

例えば、ゴミを出さなければいけないと思った時。

 

ゴミを家にためこむことを選ぶのか。

 

ゴミを出して家がすっきりすることを選ぶのか。

ゴミを出して家がすっきりすることを私は選ぶぞ!

こんな風に思い直します。

 

たとえ、何度言っても夫がゴミを出してくれなくても・・・笑

 

この私が、ゴミを出してすっきりすることを選んだんだ!

 

自分でゴミを出すんだ!と言い聞かせます笑

 

だから夫を責める気持ちがすこしは減ります(・・・かな?笑)

選択を失敗してもレベルアップができる

時には選択失敗したと思うこともあります。

 

落ち込みます。。。

 

ゴミ出しレベルならまだいいですが、人生の岐路の選択だと相当落ち込みます。

 

だけどいいこともあるんです。

 

自分で選んだので、痛みを自分のものとして感じられることです。

 

そのため、失敗を誰かのせいにはせず、自分ごととして反省できるんです。

 

反省できると改善できます。

 

もし次も同じことをやってしまっても、失敗の経験値が増えます。

 

どっちにしても、自分はレベルアップできるんです。

 

例えばですけど、親にお金を出してもらって学ぶのと、自分がお金を出して学ぶのだと、ちょっと意識が変わりますよね。

 

自分でお金を出すと、お金を出した痛みを感じているので、痛い分しっかり学ぶぞ!と思えます。

 

本気度が増すというんですかね・・・

 

自分で自分の責任をとるぞという思いになります。

主体的になれなかった理由。自分で選ぶことを躊躇していた自分がいた。

今は主体的というワードを意識するようになりました。

 

その中で、自分で選ぶことを躊躇していたことにも気づいたんです。

私はこれをしてはダメだ

こういう役割を求められていない

私は選べる立場ではない

これをやるとうるさく言う人がいる

私が何か言うと人間関係に波風が立つかもしれない

自分で選ぶ際にこんな思いがつきまっていたんです。

 

気にせず第一歩を踏み出してみたら色々分かったこともありました。

 

自分で選んでいい。

選択権は自分にあるんだ。

 

これに気づいて視界がクリアになりました。

 

自分の人生の操縦席の存在を思い出した気持ちです。

 

自分がなにを選びたいか考える時に上記のような思いがもし出てくる場合は、いったん気にしないでいこうと思います。

主体的に生きることは勇気がいる

主体的に生きていくことは勇気がいることだとも気付きました。

 

自分で選んだことなので他の人のせいにはできません。

 

ある程度は覚悟することが必要です。

 

選択の結果はすべて自分にかえってきます。

 

こわいこともたくさんあります。

 

だけどけっこうおもしろいなとも感じています。

 

はたから見たら、失敗でも、変でも、立派でなくても。

 

色々積み重ねてきたものを見ると自分らしいかなと思います。

主体的に生きるために、勇気と覚悟をもつ

こんなことも感じるようになりました。

 

とはいえ、何かのせいにすることももちろんあります。

 

仕方ないかな・・・笑

 

でも、前よりは減ってきたと思います。

 

徐々に主体的の量が増えていけばいいな。

まとめ。主体的に生きると意識してからみえてきたもの。

主体的に生きると意識してから、

  • 納得して行動できる
  • 失敗してもレベルアップできる

と分かりました。

 

自分で選択することに躊躇していた自分にも気づきました。

 

自分で選択していいのだと分かると、人生を切り開いていくぞという気持ちも芽生えてきました。

 

勇気と覚悟をもって。

 

思い通りにいかない、満足できない状況。

 

どうしてこうなったんだろうと思うことも多々あるけれど。

 

失敗をくり返しながらも、日々進んでいきます。

 

それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。





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